創世工房Low-Rewrite

この世界の空は染み一つ無い、完全無欠なまでの白だった。周りの壁も床も白。吐き気がするくらい、白かった。
しかし、その世界が彼にとっての全てだった。付き纏う白から逃げることは出来ず、逃げることもせず、ただそこに佇んでいた。依存していた。
 それでも彼は大空を望んだ。染み一つ無い、完全無欠なまでの蒼穹を切望した。
大沢(おおざわ)昭高(あきたか)は病室の窓からぼんやりと外を眺めていた。
 秋の冷たい風が虚しく窓を叩き、その風に乗って枯葉が宙を舞う。立ち並ぶ街路樹は、まるで置き去りにされた子供の後姿のように思えた。
 昭高は枯葉が地に落ちるのを見届けると、病室のベッドに潜り込んだ。
昭高は四季の中で秋が一番好きであった。
自分のあだ名と読み方が同じであることや、その寂しく儚げな風景は、昭高の心をどこかくすぐるものがあった。
昭高は画(え)が上手かった。まだ九歳の小学四年生であるが、一年前の風景画のコンクールで銅賞をとったことがある。
画の題名は『窓から』。当時八歳の作品とは思えないほど繊細な画であり、同時に大人びた画でもあった。
 しかし、昭高がコンクールに出した画はこれ一枚限り。いや、これ一枚しか描けないのだ。
 昭高は生まれたときから心臓に病を患っていた。
幾度も手術を繰り返し、生死の境を彷徨ってきた昭高は、今まで生きてきた九年間、病院の敷地内から出たことがない。
一年前の大手術の末、病状は段々と快方へ向っているというものの、未だ昭高は病院より外の世界を知らない。彼が一枚しか風景画を描けない理由は、ここにあった。
「よう。元気にしてるかい、病人?」
 明るく底の無い、無いというよりかは底が筒抜けのような声を聞き、昭高はがばっと布団を剥いだ。
 いつの間にか白いカーテンが開けられており、ベッドの横にひとりの女の子が立っていた。
大きな手提げ袋を両手で持ち、長く艶のある黒髪をうしろでくくってポニーテールにしている彼女は、にやにやと笑っていた。
「まず、元気な病人はいません。それに寂しくないよ。慣れてるから」
「相変わらず、マセたガキだね」
「カナちゃんだって、ぼくとひとつしか変わらないじゃん」
「まあ、ね。でも……それだけ喋れるなら心配は無そうね」
 にやにや笑いは顔に張り付いたまま、佳奈子はベッドに腰掛けた。
月野(つきの)佳奈子(かなこ)は、昭高が一年前の大手術の後に病院で知り合った、ひとつ年上の女の子である。彼女は当時骨折で入院していて、同室の昭高と話すうちに仲良くなったのだ。
 彼女は昭高の病気の重さ、そして両親が多忙で見舞いに来られないという境遇を知り、週末になると必ず見舞いに来てくれる。
昭高にとって、佳奈子と会うのが病院生活において唯一の楽しみであった。 しかし、同時に佳奈子に悪い気もした。
「それにしても……そんな毎週来なくてもいいのに。カナちゃんだって病院まで来るの大変でしょ?」
「あたしのことは気にすんな。それより、今日は退院一週間前だろ?」
「うん」
退院といっても、ほんの一時的に病院から出られるということだけ。いわば様子見だった。
しかしそうはいうものの、昭高にとっては人生初の退院なので、嬉しいかぎりである。まだ見ぬ外の世界に期待と不安を抱きながら、昭高はその日を心待ちにしていた。






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