創世工房Low-Rewrite

電話帳から、無作為に選んだ電話番号に、電話をしてATMに誘導する。俺俺と連呼し、保健所を装ったり、時に電話をするだけではなく直接自宅に赴く。
「今日も退屈だな……」
一千万円を越えた預金通帳を見ながら俺はそう呟いた。金が欲しい訳ではない。特に目的があるわけでもない。ただの退屈しのぎ。何時からだろうこんな生活を続けているのは。
「……行くか」
某黒猫運送業社の配達員の格好に着替え更にマスクを着けて家を出る。仕事だ。とはいっても配達員などでは無いのだが。
ふと目の前を高齢と見える女性が横切った。よし決めた。そこに選んだ理由なんてものは存在しない。
その女性に気付かれないよう家まで尾行。塀の外から中の様子を伺う。
どうやら一人暮らし、いや独り暮らしのようだ。遺影が見えたからな。
帽子を深く被り直し咳払いをした後インターホンを押す。
「……はい?」
先程の女性だ。
「黒猫運送業社ですが○○様宛の荷物でございます。着払いとなっていますのでお支払お願い致します」
「少々待ってくださいね……」
女性は懐から財布を取り出すと特に疑うことも無くお金を支払った。
「こちらに印鑑を……はい、ありがとうございます。ではこちらが御届け物になります」
ただの砂入り段ボールが金に替わった。軽いものだ。
そして直ぐに退散しようとすると、
「少し上がっていきなさい」
女性に服の袖を掴まれそう言われる。まさかばれた?いや、そんな筈はない。今まで多くの事を繰り返してきたがばれたことなどなかった。
「私と少しお話をしましょう。この歳になると時折寂しくなってねぇ……」
ばれてはいないと解っていながらも、その確信を得られるとほっとする。なら長居は無用だ。
「この後にも荷物がありますので……」
適当なことを言って退散しようとする。しかし女性が手を離す様子はない。
「少しだけだから……少しだけだから……」
それだけを繰り返す。何だか悪いことをしている気がしてくる。実際している訳だが。
「……では少しだけ」
根負けした。まぁ特に用事があるわけでもないし退屈しのぎにはなるだろうか。
「ありがとうございます」
家に上がるとお茶と菓子が出された。家は昔ながらの和風な造りといった感じで落ち着く雰囲気だ。
「私は5年間一人暮らしでねぇ……人と話すことはあまりないから嬉しくてねぇ……」
ゆっくり。一言一言を大切にするように話す彼女。先程までの物寂しい感じではなく、その目は細いながらも爛々と輝いている。
「彼が無くなってから男の人と話すのは久しぶりで……有り難うねぇ」
「いえ、こちらこそ丁寧に……」
飾られている遺影は彼女の夫のようだった。なかなかに格好いい男性だ。
「彼は漁師でねぇ、毎日毎日漁に出ては沢山の魚を持ち帰ってきてねぇ……」
彼女は棚から一枚の写真を取り出すと、それを私に見せた。そこには巨大な魚を抱えて笑う遺影の男性。
「たまに休みの日には一日中新聞読んだりテレビを見たり……魚をつまみに酒を飲んだり」
他人からしたらどうでもいい日常なのだが、彼女には大切な思い出なのだろう。ただでさえ細い目が更に細くなっている。
「好い人だったわ……貴方には彼女さんはいるのかしら」
「いや……」
ふと話題を振られる。とは言ってもそんなものが居ればこんな暮らしはしていないわけだが。
「でもたまに喧嘩もしてね……ずっと口もきかないことが一週間続くこともあったわ……」
話を聞いている内に、だんだん彼女の話に引き込まれていった。ただの昔話の筈なのだが、不思議と聞き入ってしまっていた。
「でもいつのまにか仲直りしてるの、不思議でしょう?」
特別な思いをそこに感じた。それは人間らしさの象徴である思い。
「……今日は有り難うねぇ。また今度来て頂戴」
気がつくと日は暮れ、子供たちが家に帰る時間になっていた。
「……はい」
悪くないと思う。玄関を出ると、
「次は本当の貴方と話が出来るといいわね」
「え……」
彼女はそう言うと家の中へと戻っていった。……ああ、なんで聞き入ってしまったのかわかったような気がする。
彼女の話には色があるのだ。普段俺がしていることとは違う色が。
それは温かくも何処か淋しい色。彼女の人生の色。
「……行くか」
そう呟くと彼はポストに金を置き、交番へと向かっていった。
日はすっかり沈み空には白い月が温かく街を照らしていた――






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