創世工房Low-Rewrite

「ん……もう朝か」
カーテンから漏れた陽光によって俺の至福の時間は終わりを告げる。慣れた手つきで枕元に置かれた携帯を開き、時間を確かめる。
「7時……まだ、大丈夫だな……」
時間に余裕があることを確かめると、再び枕を寄せ、微睡みに落ちかけーー
「起きろぉぉぉぉぉぉぉっ」
ーーたもののそれは叶うことがなかった。なんの前触れもなく、ドアを開け放って侵入してきたそれが、至福の中から再び俺を連れ戻すまでに掛かった時間は1秒も必要なくーー
「ていっ」
「いてっ……」
……と冷静に考えていると、目覚めのチョップが俺の脳天にーー
「ていっ!」
もう一撃。
「だから痛いってっ……」
「ていっ、ていっ!!」
「痛い、痛いって!」
「だってせい君が起きないからさーー」
「いや、じゃあ二撃目からはなんだ二撃目からは」
至福の至福を邪魔してきた彼女は、その左肩の上で揺れている三つ編みを弄くりながら、
「んー……なんとなく」
そう答えた。なんとなくでチョップされたのか、俺は……
「ほら、早く着替えてっ、今日から新学期だよっ」
そのことを特に悪びれる様子もなければ、謝る様子もない。
「お前は……はいはい」
言うだけ無駄……もの事諦めが肝心だ。それにこんな事は日常茶飯事。
新学期に向けてクリーニングに出しておいた一張羅を着て、いざ鎌倉……じゃなくて登校だ。
自己紹介が遅れたが俺の名前は『響 大晴』(ひびきたいせい)
今年の春から高校二年生になった、何処にでも居る普通の高校生だ。隣で手鏡を見ながら、前髪を整えているのは俺の幼馴染みの『桜 彩華(さくら いろは)』だ。俺の安眠を毎朝邪魔してくる。
……と普通過ぎる俺だが、一つだけイレギュラーなことがある。
「……明日か」
見るからに高齢な男性の横を隣を通りすぎる。頭の上には『1』という数字。
そう、俺には人の死期が視えてしまうのだ……とは言っても死期が近い人間だけだが。
これのせいで何時、クラスメイトや家族の上に数字が出るか、恐ろしくて仕方がない。
中学1年の数学の時間に、教師の上に数字が浮かんで思わず声をあげてしまったことがある……実は黒板に書かれた数字だったのだが。
「そういえばせい君知ってるかな、咲かない桜の話」
突然、彩華が話しかけてくる。
「咲かない桜って、学校裏の丘の上の桜だろ、枯れているだけじゃないのか?」
俺達が通う高校『私立彩華高等学校』の裏は丘になっていて、其処には100本以上の桜の木が植えられている。
毎年シーズンには、多くの人が訪れる人気の花見スポットだ。
因みに彩華といってもさいかと読み、隣に居る彩華とは文字は同じでも読みが違うことをお忘れなく。
「それが違うんだって、毎年ちゃんと新芽は出るみたいだよ」
その丘の頂上に、一本だけシーズンになっても咲かない桜がある。てっきり枯れているものだと思っていたが……
「なんかね、新芽が出た時にその桜にお願いをすると願いが叶うとか叶わないとか」
「そんな話初耳だな」
「私も最近聞いた話なんだけどね、でも願いを叶えてもらうためには自分の大事なものを桜に捧げなきゃいけないんだってさ」
「ふーん……」
大事なものを捧げると願いを叶えてくれる桜ねぇ……
そんなことを話しているうちに学校に着いてしまった。
「クラス一緒だといいねっ」
「ん……」
学校に入って教室の横に張り出されたクラス表を見る。
「……はぁ」
「やった、今年も一緒だねっ……って何で溜め息!?」
座席まで隣ときたものだ、全く腐れ縁ってのは怖いな。
やる気を一気に削がれながらも教室に……
「よっ、また同じクラスだな」
「羽流……お前もか……」
見知った顔が声を掛けてくる。
「会うなり溜め息とはいい度胸じゃねぇか全く、寧ろ今年も俺と同じクラスなのを喜んでほしいものだが?」
『羽流 隼人(うりゅうはやと)』俺の小学校からの友人の一人だ。中学、高校一年と今年と同じクラス……最早呪われているのではないかと思えるくらいだ。
「……新鮮味も何もないな」
「そりゃこっちの台詞でもあるがな、ここまでくると何らかの陰謀にしか思えん」
どうやら向こうも同じことを考えていたようだ。席は俺の前……全く。
席に座り、窓の外を眺める。教室がが4階に変わり、見慣れた景色も何だか違って見えた。
「新鮮なのはこれくらいだな」
「まぁ、今年も仲良くしようぜ」
「そうだよ、何時ものメンバーでいいじゃんっ」
彩華に羽流に俺……このメンバーは中学時代からの遊び仲間でもあった。
「……はぁ」
「「だから溜め息っ」」
二人の息の合ったツッコミが炸裂する。
……今年も平和な一年になりそうだーーーー






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