創世工房Low-Rewrite

 「だ、大丈夫……?」
 乱闘の末、俺は不良たち全員を懲らしめた。
 後から来た男たちは最初に倒した四人に担がれ、呻き声をあげながら逃げて行った。
 今この場にいるのは俺と古野だけだ。
 古野は心配そうに俺の顔を覗き込むと、「使って?」とハンカチを取り出した。薄桃色の綺麗なハンカチだった。
 「あの……。助けてくれて、ありがとね」
 「いや、気にするな」
 気まずい沈黙が流れる。学校出た時は謝る子よ場が次から次に溢れて仕方がなかったのに、今はそのどれも消えてしまった。何て声を掛けたらいいのか分からない。
 「あの……。さっきは……ごめんなさい。私、鈴木君の気持ちを考えないで……。本当にごめんなさい」
 先に沈黙を破った古野は、深々と頭を下げた。黒髪がサラサラと揺れている。その奥で、古野の瞳は潤んでいた。
 「いや、さっきのは俺が悪いんだ」
 乱闘の際に地面に落ちてしまった古野の包みを拾い上げ、彼女に向き直る。古野はゆっくりと顔を上げた。今にも泣きだしそうなその瞳が、俺を直視する。
 「俺、廊下で古野がバスケ部の奴に何かを渡してるの見て、それで勝手に古野は俺のこと何とも思ってないんだろうって思ったんだ。……今考えると、すごい気持ち悪いな俺」
 「あ、あれはバスケ部の女子でお金出して部の男子に渡してたやつだから全然そんなんじゃ……」
 「分かってる。……手紙読んだよ」
 古野の顔が紅潮するのが手に取るように分かった。つられて、俺の顔も火照ってしまいそうだ。
 「俺はまだまだ頼りない男だし、硬派を目指しているのに女に――お前に現を抜かすような半端者だ。そんな俺でもお前の気持ちに応えても良いのなら……俺はお前と付き合いたい」
 「……はい」
 お願いします。と、笑った古野の頬を、涙が濡らした。借りたまま使わなかったハンカチ。右手の中でクシャクシャになったそれを、俺は古野の頬にそっと当てた。
 父が言っていた言葉を、体現出来て良かったと思えたのはこれが初めてかもしれない。
 俺はまだまだ未熟だ。一人の女の子とすら付き合うのに時間がかかる。
 でも、それでも良いと思うんだ。不器用な方が丁度良い。何故なら俺は――
 「古野」
 「な、なに?」
 「俺今までお菓子とか作ったことないんだ。……今度教えてくれよ」
 「……!。うん、良いよー。でも鈴木君硬派だからそういうの全然興味ないと思ってた」
 「まあね。でも来月の十四日に返さないとね」
 「別に良いのにー」
 「お礼はちゃんとしないと。それにほら。俺――」
 硬派だから。






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