創世工房Low-Rewrite

「先生、最後の場面の合同練習をしなかったのはこの為だったんですね」
演劇終了後。クラスメイトが成功に浮かぶ中。
俺はステージの裏で、笑顔を浮かべる先生を問い詰めていた。
「いやぁ、だって言ったら響さん絶対反対するじゃないですかぁ」
全く悪びれることもなく、その口角は上がり続けている。
「当たり前でしょうが!」
あんな公衆の面前で口付けをさせるなど演技の常識を明らかに逸している。
「ま、まぁ落ち着いてよ、せい君」
そこに割って入る彩華。
「だが……お前は良かったのか?」
いくら、一度しているとはいえ、恥が無い訳が無い。
「せ、せい君だから、さ」
「ぬぅ」
彩華が良いのなら、俺が先生のことを責めることは出来ない。何より恥ずかしかったのは彩華なのだから。
「先生。次、こういう機会があっても自重してくださいね」
「はぁい」
間の抜けた返事。反省する気など一片も無いらしい。
「せい、彩華。お疲れ様」
そこに、照明係兼監督補佐の羽流が労いの言葉を掛ける。
「おう、羽流もお疲れ」
巧みな照明は全て、羽流が考え実行したものだ。
「おう。全く、見せ付けてくれるな」
口付けのことだろう。
「お前、知ってて黙ってただろ」
あの照明。最初から流れを解っていなければ出来たものではない。
「さぁ、どうだかな」
先程から此方……俺と彩華の方へ視線がちらちらと向くのを感じる。つまりそういうことか。
「……知らなかったのは俺だけかよ」
俺を除いた全員。その全てが最後の展開を知っていたらしい。
「ま、お陰で一気に会場のボルテージは最高潮。序でにクラスのボルテージも最高潮な訳だ。そこは感謝しとくよ」
これなら、桜芽の力も。
『せいよ、盛り上がってるところ悪いが、もう時間はない……あの桜の木へ急ぐのじゃ』
(ああ、解ってるよ)
クラスメイトの頭の上に浮かぶ数字は『1』つまり、今日が終わると同時に全員が死ぬ。だが、そんなことには絶対にさせない。
「俺、ちょっと風浴びてくるわ」
「なら私も……」
彩華がついてこようとするが、
「あ、彩華。クラスの奴等が呼んでたぞ」
羽流がそれを阻止する。
「羽流、ありがとう」
俺が何をするかを解っていて、彩華を離してくれたのだろう。
「何、どうせあの桜へ行くのだろう? 後は頼んだぞ」
流石、俺の親友。
「ああ、任せろ」
羽流が見送る中、俺は会場を抜け出し桜へと疾走した。

学校裏の丘。咲き乱れる桜には目もくれず、ただひたすら頂上を目指した。
『もう少しじゃ、気張りぃ』
息は既に切れ、乳酸が溜まり悲鳴を上げる足を動かし続けた。
『ついたぞ……』
桜芽に言われ、顔を上げる。
頂上に孤独に立つ、その木。咲かない筈の桜の枝には、今にも開きそうな数多の蕾が生まれていた。
「これは……」
「死期を解放したことによって、願いを受ける本来の姿に戻ったのじゃろう。これが蕾をつけているということは、相当な願いを受けているということじゃな」
悪魔の姿で、桜の隣に顕現する桜芽。
「これで、この町は助かるのか?」
「勿論じゃ。では、再び死期をこの桜へ願いとともに封印する」
すると、桜芽は桜の幹に手を当て、目を閉じた。
幹から、透明な何かが桜芽の腕を通って大地へと流れて、町へと広がっていく。すると町で黒い霧が発生し、それが桜へと吸い込まれていく。
「死期の悪霧……」
町に死期の恩恵をもたらした霧。それが町の人々の体から桜へと戻ろうとしていた。
「ぬぅっ……」
不意に、呻き声が聞こえた。町から桜芽の方へと、視線を戻す。
「お、桜芽!?」
その体は陽炎のように揺れ、腕は黒い何かに侵食されていた。
「ふふ……言ったじゃろう。柱が必要だと」
苦しげな笑みをこちらに見せる。
「元よりわっちがせいに乗り換えたのが原因。ならば柱になるのはわっちというのが定石」
話す間にその存在は薄れ始め、侵食は進む。
「お前、最初からそのつもりで……?」
自分を犠牲にして、この町を救う。それが桜芽の考えだったのだ。
「悪魔など、どちらにせよこの世界には適合出来ぬ。だったらせめてこの町を救う位はしてもよかろう……ぐっ」
口を開くのも辛いのだろう、遂にはその場に崩れ落ちる。だが手は幹から離すことをしない。
「……させるかよ」
俺の前で消える?
「柱が居れば良いんだよな」
無理矢理、桜芽を引き剥がす。
「なっ!? 何を……」
そして桜の幹に手を当てた。
その瞬間流れてくる何か。それは身体中の管という管を駆け巡り痛みを与える。
「ぐっ……」
「や、止めないか! 人の身では耐えきれない……」
俺のことを幹から引き剥がそうとする。だが、それは無理だった。
「だからって、お前が消えるのを黙って見てるなんて出来ねぇよ……それに俺の人生はお前に捧げたんだ。だったらお前を死なせる訳にはいかない」
だけど、このままでは俺に取り憑いている桜芽も一緒に消えてしまう。だから、
「さて、最後の願いだっ……俺の存在を桜芽へ!」
桜に向けて叫ぶ。悪魔が適応できないなら、人に成ればいい。その為に俺の存在自体をを捧げる。
「何を馬鹿なことを!? やめ――」
その言葉が最後まで紡がれることは無かった。辺りが激しい光に包まれる。その光が収まったとき、そこには、
「馬鹿者……馬鹿ぁ……うぅ」
一人の人間が涙を見せているだけだった。頭に生えていた筈の羽は無く、背中の羽も、尻尾も消えていた。

数日後、その桜の下には一人の少女が居た。片方だけの三つ編みが特徴的で、制服を着ている。
「なんでだろうね……この桜を見ると悲しい気持ちになるんだ」
誰に語るでもない。ただ、呟く。
満開に、薄桃色の花を咲かせている。その幹に手を当てた。
「約束……」
無意識に溢れる言葉。触れた瞬間に流れ込んでくるイメージ。
「……え」
何故か頬を伝う暖かい雫。
「なんで? なんでなんでなんでなんでっ……!」
止まらない。次から次へと溢れてくる。
「最低だよ……最低だよっ……」
何が最低なのだろう。自分でも自分が言っていることが理解できなかった。
「せい、君」
不意に口から出るその名前。
「……ありがとう」
何故だかはわからない。でも、言わなきゃいけない気がしたのだ。
「私、がんばるから……がんばるから!」
そう言って、少女は丘を駆けていった。その直後、満開だった桜は全て散り、丘を乱れ舞う。
――それはまるで桜の雨。

「今日からこのクラスに転校生が来ることになりましたぁ」
独特の語尾が特徴的な教師だった。
「入ってきてください」
教室が静寂に包まれる。
「では、自己紹介を――」
転校生は、その黒髪をなびかせると、黒板に名前を書いて言った。
「――わっちは響桜芽と言う。今日から宜しく頼む――」






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