創世工房Low-Rewrite

ある昼下がりのこと、何時ものように仕事を終えて自由時間。
広場の隅で日に当たっているとふと一人の青年が目に入った。特に変わったところのない普通の青年。変わったところといえばここが牢獄であることぐらいか。
「……やぁ」
なんの気無しに話しかけてみる。
「……やぁ」
突然話しかけられて少々驚いたのか、少しの間を持って返事が返ってくる。
「暇か?」
「うん」
「よし、なら付き合え」
青年に野球のグローブを投げる。
「……?」
「キャッチボールだよキャッチボール」
青年は状況がイマイチ理解できていないようで、
「キャッチボール……ああキャッチボール」
何度も言葉を繰り返した後やっと理解したようだ。
「わかるだろ、キャッチボール」
「うん」
青年にボールを渡す。
「よし、こい」
「……」
「ほら、こいって」
ボールを見つめて、暫し不思議そうにしていたが、
「じゃあ……」
そう呟くと青年は見事なフォームでボールを『放った』
「うおッ……」
ボールをキャッチした手がひりひりした。
「……もしかして野球やってたのか?」
「うん」
凄い速さだった。素人目ではあるがプロに匹敵するのではないか。だとすると引っ掛かることがある。
「……お前、なんでこんなところに居るんだ?」
ここは牢獄だ。罪を犯したものが償うための場所。
「……」
「いや、話したくなかったらいいんだ、突然聞いてすまないな」
そして何もなかったかのようにボールを投げる。そして青年がボールを返す。その繰返し。
「付き合ってくれてありがとな、また頼むよ」
気がつけば足元の影は長く伸び、他の囚人たちは自らの牢に戻り始めていた。
「……うん」
「じゃあな」
俺も戻るか……と道具を片付けていると、
「僕は死刑囚なんだ……」
突然、なんの前触れもなく青年が口を開いた。
「そんなつもりはなかったんだ……僕はただ野球がやりたかっただけで……」
「……」
片付けながら青年の話を聞く。
「でも母さん達は反対で……親戚まで巻き込んで僕を大学に行かせようとして……」
なんだか重くなってきたな……
「ちょっと困らせてやろうと思っただけなんだ……火事ぐらいで皆死んじゃうなんて思ってなかったんだ……」
なんか聞いたことあるな……
「親も親戚も近所のおばさんも皆僕が……うっうぅぅっ……」
思い出した。
一年ほど前、俺がここにくる直前。
住宅街で、また連続して火災が起こった事件があった。
家が四軒全焼、そこから15人の遺体が見つかった。
その全てが血縁関係にあったという事件。
たしか、19才程の青年が犯人だったはずだ。つまり俺の後ろに立っている青年は……
「そうか……一年前の……」
「うん……」
かける言葉が見つからなかった。
どうみても普通の青年なのだ。ただ野球をしていたかっただけの。
「……また明日も相手してもらえるか?」
「……うん」
これぐらいしか俺には出来なかった。
「じゃあ、また明日」
「……うん」
そして、青年が見送る中俺は戻っていった。
「ありがとう……」
一人、広場に残った青年は一番星を見上げながらそう呟いた――






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