創世工房Low-Rewrite

彼は去年も同じくラスだった。
 二個上の先輩方が引退した後、やる気と目標が欠如した剣道部を県大会出場まで立て直した一年生――生きる伝説のような存在は、二年生になっても変わらずに伝説であり続けている。
 彼の周りにはいつも人集りでき、中心の彼は羨望の眼差しを、その爽やかフェイスに集めている。
 感情が表に出ないために、気味悪がられる私とは正反対だ。私の周りにあるのは、丸まった紙屑と普遍的な罵倒。集まるのは侮蔑と好奇の視線。……私は、彼には見合わない。見合う訳がない。
 見上げていただけの花がいきなり現れても、私は対処の仕方を知らなかった。断るという選択肢以外、他に選ぶことができなかった。
 渇いたアスファルトに砂利がこすれる。駅を目指す足取りはお世辞にも軽くない。十分で着くはずの道程が、今日はただただ果てしなかった。
 もし断らなかったら。羨ましいと言われるより先に、私は頭から汚水を被るだろう。
 リスクとリターンを考慮する間もない。断っても被水の可能性は免れないが、汚水じゃない可能性が高い分、やはりリアルは充実させない方が良い気がする。
 ……彼には悪いことをした。
私の勝手な都合で、完璧超人だというのに灰色の青春を味わわせてしまったのだから。
けれど。
 『……あ、あの! ほ、放課後……時間……ある、かな?』
 頬が少し紅潮し、息が乱れていた彼は。
 端正な顔立ちの割に異性と話すときに初々しさの残る彼は。
 『ま、真嶌さん。今年も……同じクラスだね。その……よ、よろしくね!』
 もしかしたら偽りの彼なのかもしれないと。
 級友達との罰ゲームなのかもしれないと。
 思わずにはいられない。……そう思わないと断れない。
 自分の弱さに嫌気がさす。悔しさとも、悲しみともつかない感情が溢れ、目頭が熱くなる。
 本当の気持ちが分からないから気味悪がられ、省かれた今までの人生。
 疑問と被害者思考。自己防衛からでは分からなかったけど、確かに怖い。相手の真意が分からないのは怖い。付き合い始めても、向けられた気持ちが分からないから、怖い。
 怖い。怖い。怖い。
 人の気持ちが。見れないのは。怖い――






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