創世工房Low-Rewrite

「じゃあさ。こっちにおいでよ」

 「え」
言葉の意味を理解するよりも先に腕を掴まれた。振り払うこともできず、強く腕を引かれた私は体勢を崩し。
 「……うそでしょ」
気付くと世界は変わっていた。


 「いやぁ、散歩中にね。君の声がしたんだよ。随分とまぁ、お困りのようだったからついつい気になっちゃってさ。どうせ僕も暇だったから君を『こっちの世界』に招待しようと思ってね。おかげで君は異世界間交流の先駆者になった訳だ。取り敢えずお茶でも飲むかい?」
 「彼」はそう言い、笑った。目と思われる四角い穴から光が零れ、口と思われる四角い穴が歪み。
 四角い、ティーポットと思しき陶器は、これまた四角い、恐らくティーカップに注がれた。
 お茶を注ぐ「彼」の手は、例によって四角い。
 「どうしたの? 顔色がまるで『君の世界』の空みたいだよ」
 ――つまり顔が青いと言いたいらしい。ややこしい上に異世界の存在を揶揄する言葉に苦笑すら零れない。
 しかし。私は一度、と言わずに二度、三度。自分の周囲を見渡した。
 四角。四角。四角。視角は四角で埋め尽くされ、全包囲が四角で満たされている。
 異世界来訪後、お洒落だと見入ってしまったカフェは外装もさることながら内装も兎角、四角い。
 そのカフェ内の一角。月明かりに照らされた四角いテーブルに、私は「彼」と同席していた。
 目の前に座る「彼」は、四角い胴体に短足――当然四角い――四角い頭部に四角い手。可愛らしいロボットだと言われれば、成る程確かにと頷いてしまう。
 しかし最先端の技術を駆使したというよりは、小学生が段ボールを材料に工作した夏休みの宿題といった方が的を射ている。
 香りの良いハーブティーを楽しむ「彼」の名は、長い上に日本国のそれとは全く類似していなかった。出会って早々名乗られはしたが、残念。
 私は殆ど覚えていない。
 「飲まないのかい? 『君の世界』から取り寄せたハーブティーだ。毒なんてものは入っちゃいないからご安心あれ」
 ついでに茶菓子までどうだい? 四角い大皿に盛られたクッキーを手に取り、「彼」は一口かじった。クッキーはやはり四角い。
 「……いえ、あの、結構です」
 「そう? それは残念」「彼」はもう一つクッキーを摘むと残念そうに笑った。目と口しかない顔で、豊かな表情を作れるのは何故だろう。






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