創世工房Low-Rewrite

彼はもう一口クッキーをかじりハーブティーを啜ると、一心地ついたのか、深く椅子に座り直した。
 「改めて自己紹介しようかな。僕の名前はプレ=ラミアリロ=クドジャイェフ=パソマ=(中略)=ノーレンヴィ=トミアーク。気軽にプレと呼んでくれて大丈夫だよ」
 ……やはり長かった。改めて聞いても長かった。プレ=ラミアリロ以下が上手く聞き取れなかったのは許容範囲だと思いたい。
 「で、君の名前は?」
 二杯目のハーブティーをカップに注ぎつつ、彼の目は私から外れない。
 「ま、真嶌……真嶌憂子……」
 「それじゃマシマユウコさん。改めてよろしくお願いします」
 不意をつかれて吃ってしまったことには触れもせず、プレは握手を求めてきた。
 何をよろしくするのかも分からず、そんなに長い期間よろしくする気も毛頭ないのに、私は気付けば彼の手を握り、
 「……よろしく」軽く頭を下げていた。


 既に再三に渡り述べた通り、プレの世界は全てが全て四角かった。
 人も家も植物も。四角の概念から程遠い満月でさえも、綺麗な正方形を描いている。
 喫茶店の、大きな四角い窓より入る月光は店内を薄く照らし、改めて全てが四角いことを私にまざまざと示した。
 愚問ではあるが、ここは私の世界ではないのかという問いに、
 「全く違うよ」とプレは笑いながら答えた。
 「この世界は君らが四次元と呼ぶ空間の一部なんだ。空間が違うから、根本となる世界の構成物も違う。だから、君の世界とは見た目の形状からして違う」
 確かに。今、私の目の前に座るプレ自身が充分に非常識だ。
 「ユウコの世界は排他的だから、僕らの存在すら知らない。でも僕らはその逆だ。外に対してとても開放的だ。僕が君の世界に詳しいのは、たまにユウコのような姿になって君らの世界に紛れ込んでるからさ。観光ツアーがあるくらい、君達の世界はこっちでは大人気なんだ」
 寸胴短足頭でっかちな四角人間が、女子高生として私の世界を観光している姿はあまりに滑稽で、私は思わず噴き出してしまった。
 気を取り直すためにハーブティーを一口啜る。無糖の紅茶は独特の苦味を全面に押し出して、まるで今の私の感情を示しているかのようで。
 「……どうして私をこの世界に連れてきたの?」
 アブダクションの理由が気になるのは、どの誘拐事件の被害者にも共通していることだろう。少なくとも、私のような庶民は今晩の夕飯よりかは興味がある。
 「どうしても何もないよ。君が望んだからさ」
 「……なんだってー」
 「全く心当たりがなさそうだね」
 棒読みの日本代表に選ばれそうな返事にプレは苦笑したが、私の方が苦笑したいと、内心反論。私は自分からアブダクションされたがる程、非日常に恋していない。
 「僕は今日の夕方、観光も兼ねて『君の世界』で通算七十二回目になる買い物をしていたんだ。ほうれん草を買うか小松菜を買うか悩んでいた僕の頭に突然助けを求める声が響いたのは今でも鮮明に覚えているよ。『人の気持ちが見えないのは怖い。』名前も分からないその声は、泣きそうな声でそう訴えていた。僕らは開放的過ぎてたまに見ず知らずの人の心から影響を受けることがあるんだ。今回はそれが君の声だったのさ」
 なるほどそういうことか。……なんて納得する訳がない。
 だからなんなのか。何故私の心が影響を与えてしまったという理由で私は異世界に招待されてしまったのか。……賠償請求をされたら当たり屋も良いところだろう。そんなの観光に来たプレが悪い。
 「……それで、私をどうしてここへ? 賠償金でも取るつもり?」
 普段では有り得ない位の強気な口調。……私やればできるじゃん。
 プレはカップに残ったハーブティーを一気に飲み干すと、三杯目を注ぎながら「まあまあ」と私を宥めようとする。……それにしてもあのポット、内容量が大きさに見合っていない。
 「そんなガラの悪いことはしないよ。もしそれが目当てだったら君は今頃身ぐるみ剥がされて猿轡に手枷足枷で床に転がってるよ」愉快そうに笑うプレの冗談は正直笑えない。異世界にアブダクションされてそんな冗談を聞かされたら弥が上にも身の危険を感じてしまう。私は気持ち一つ分、椅子を引いてプレから遠ざかった。
 「まあ、特に意味はないんだよ。言うなればお節介みたいなもんさ」
 「……はぁ」
 「ところでユウコ。君はこの世界をどう思う?」
 「……は?」






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